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名古屋学芸大学の紹介

名古屋学芸大学の紹介

人間教育と実学

建学の精神と大学の基本理念

建学の精神

 名古屋学芸大学設置の根底となる建学の精神「人間教育と実学」を紐解くには、学園の創設期を想起し、まだ戦塵の消えやらぬ時代にまで遡らなければならない。

 終戦直後の昭和20(1945)年12月、誰もが等しく、多くのものを失った時、創立者、故中西泉は「うつふして匂う春野の花すみれ 人の心にうつしてしかな」と詠まれた貞明皇后の御歌を校訓として、母体となる「すみれ洋裁学院」を開校した。

 『野に咲く可憐な花すみれは、それは小さい目立たない花ではあるが、雨にも風にも負けない力強い花である。この花のように目立たなくとも奥ゆかしく、それでいて旺盛な活力を持つことこそ<すみれ精神>である』と唱えた。

 『戦後の厳しい時代を乗り越えるために、女性は如何にあるべきか、謙虚な中にも時代の変動に押し流されない人間性と、高度で実践的な技能、技術を身につけ、社会で活躍することが我が国を支える原動力となる』とした女子教育の理念<すみれ精神>は、その後の我が国の進展と変化する社会潮流の中でダイナミックに展開されていくこととなる。

 前理事長・中西憲一郎が中興の祖となり、すみれ女子短期大学(前:愛知女子短期大学/現:名古屋学芸大学短期大学部)、菱野幼稚園、専門学校5校、名古屋外国語大学と新・増設や改組を重ねつつ、拡大、充実、成長する学園規模に即応し、取り分け、昭和63(1988)年4月の名古屋外国語大学の開設を契機に、女子教育の理念のみに留まらず、「全ての人間に等しい全人教育と社会の要請する実践力を兼ね備えた人材養成」へと進化し、その後の変遷を経て、表現こそ変われ、豊かな人間性を涵養する普遍的教育と変化する社会情勢に適応する実学的教育を両輪とした現在の「人間教育と実学」に帰結され、名古屋学芸大学の開学に際しても、その礎をなす建学の精神として、脈脈と受け継がれてきた。

名古屋学芸大学の基本理念

 名古屋学芸大学は平成14(2002)年4月に開学した新しい大学である。

 周知のとおり、18歳人口は急減期の最中であり、設置計画当初から平成20(2008)年度には130万人台を割り込み、約124万人になることは、既に文部科学省等の各種統計において明らかにされていたところであった。

 高等教育機関を取り巻く環境は、将来に渡り、更に厳しさが増大すると予想されていたからこそ、確固たる教育理念を構築し、そのレーゾンテートルを保持し続けることができる大学を構想しなければならないと、現学長・井形昭弘を中心とする設立関係者は強い決意で望んでいた。

 我々は、大学設置に際し、改めてその建学の精神「人間教育と実学」に回帰し、それを踏襲して、人間を対象として、「人と心」をテーマに、人間のために、「知と美と健康を創造」していくことを基本理念と定めることとした。

 又、現在、設置される学部は、「管理栄養学部」「メディア造形学部」「ヒューマンケア学部」とそれぞれ分野は異なるが、大学名に冠された「学芸」の呼称は、学校教育法第83条「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」から引用したものである。

 大学「冬の時代」の今だからこそ、この条文の精神に立ち返り、又、本学の建学の精神にも准えて、『学』とは知の探求、即ち『人間教育』、片や『芸』とは知の創造、然る『実学』と捉えて、この「学芸」の名の下に法の精神と建学の精神を実践したいとの思いから、学則にも「学術の中心として広く知識を授け、深く専門の学芸を教授研究し、国際社会の一員として人類社会の発展に寄与できる知的、道徳的及び応用的能力を有する個性豊かな人材を育成するとともに、文化の創造と人類の福祉に貢献することを目的とする」と反映させた。

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